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「借金をしなければ生きられない」とは正常な社会か

日々の生活を続けている庶民にとって、たとえ高金利でも将来の返済が困難だとわかっていても、数日後に迫った公共料金の支払いや給食費の集金に間に合わせなくてはならない。そう考えると、やはり総量規制等の法規制は間違っているようにも感じられる。しかし、これもまた単に問題をすり替えているだけではなかろうか。別項でも取り上げたが、複数の調査結果を見ると、一般庶民が借り入れをする最大の理由は生活費の補填であり、統計にもよるが、全体のほぼ半数を占める。つまり、現在の日本では借金をしないと最低限の生活も維持できないような家庭や個人が、数多く存在するということである。これは、ここ数年の生活保護世帯の激増にも関係しているだろう。

全国の生活保護受給件数は、二〇〇八年に一六〇万人を突破。以後、毎月一~二万人のペースで増え続けており、その勢いは衰える気配がない。そして、二〇一〇年六月には保護受給者はついに一九〇万人を超え、年末あるいは年明けには二〇〇万人に及ぶことはほぼ確実と考えられている。これは、日本の総人口が約一億三〇〇〇万人として、六十五人に一人が生活保護を受けている計算になる。こうした生活苦、ワーキング・プアなどの問題が、その結果的な点において多重債務などの問題を引き起こしていることは間違いない。つまり、「借金をしないと最低限の生活もできない」というのは、実は個人向け金融の問題などではなく、まさに雇用環境や社会福祉に関する問題にほかならない。

総量規制などによって庶民が困るなどというのは、結果論的なことでしかない。まずは、こうした国民生活の問題、すなわち、どんなに毎日欠かさずまっとうに働いていても、ギャンブルや浪費などをしなくても、ごく普通に生活することすら困難だという現実について、まず目を向けなければならない。とくに、国会議員などの政治家であれば、それはなおさらである。にもかかわらず、「法規制は庶民にとって悪影響を及ぼす」とか「総量規制や金利引下げでヤミ金被害が増える」などと、いやしくも国会議員が声高に叫ぶのは、まったく場違いとしか言わざるをえない。二〇一〇年八月の報道では、九州などではすでにヤミ金の被害が増加傾向にあるという。そうした現実を見て、「やはり総量規制は間違いだ」などと大騒ぎするのはナンセンスである。

それこそ、ヤミ金を利用しないですむような、国や行政が運用し庶民に無利子または低利で貸し付けるような生活貸付制度を整備することこそ急務であろう。そうした発想もないまま、「全体から見れば少数派である多重債務者を救済するために多数を犠牲にするのは馬鹿げている」とか、「債務整理を国が行うようにすればいい」などという考えは、もっともに見えるが、実はとんだピント外れなのではなかろうか。ともかく、「借金をしないと最低限の生活もできない」という状況は、異常としか言いようがない。まさに非常事態と呼ぶべきであることに間違いはなかろう。この異常な状況を改善しない限り、総量規制についていくら罵言雑言を吐いたとしても、何の意昧もないとしか感じられないのである。